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 FUJIFILM X100T, RAW, SILKYPIX 8

 X100Tのコントラストを弱めてやっとマシになったかなと思います。
 何でFujifilmのデジカメは、こうまで黒を潰したがるのでしょう。
 デフォルトで出力すると尽く暗部が潰れていて、RAWで持ち上げてやっと出てくるといった感じ。
 まぁ、それはクセとして....
 不思議なのはカメラ側が意図して暗部を落としているのに、世間で暗部が粘ると言う人が多いのは何故??
 粘るというのはちょっと違う気がします。
 暗部を落として銀塩プリントの漆黒を表現しているので、捨てているDATAは多いのです。
 粘るというのは暗部に潜む物体を表現している姿ですから、やはり異なるなぁと思うのです。

 真面目に絵画やってる人ならばニュアンス伝わるんだけどなぁ。
 例えば鉛筆画で風景を画用紙に描く場合。

 最も明るい部分が画用紙の色を越える事は出来ない。
 最も黒い部分が鉛筆で塗り潰した色を越える事は出来ない。
 以上が物理的なリミッターです。

 それをベースとして表現する側は、目の前の風景を明度で捉え、最も明るい部分を何処とし、最も暗い部分を何処とするかを直感で把握、或いは真剣に観察するのですが、同時に世の中に完全な白と完全な黒は存在しないという意識で見ています。
 そうすると階調を真剣に観察出来ます。

 逆にいえば、これが出来ないと手抜きになります。
 (クロッキー等線表現や漫画や版画、イラスト的表現を除く)
 これらは描き手によって言い方が変わると思います。
 が、意識の有無は別として、概ねこの様な一枚に対する追い込みを掛けているからこそ、生まれた絵に力を感じるのです。

 それをベースに見るとコントラストの強弱は、絵画側(階調表現)とイラスト側(割り切った階調表現)の比重関係と思います。
 ですから、Fujifilmの設定している落とし所は、イラスト側へ振った階調表現に見えています。
 勿論、それも有りなのです。
 銀塩写真だって実際そのまんま写しているのかといえば、全然違うのです。
 記録というより記憶の方向性。
 それはそれで嫌じゃないのだけれど、どうもこいつは少し違和感があってしっくり来ません。
 フィルムシミュレーションって明らかに出来過ぎたモノを量産している様に見えてなりません。
 未熟を埋めるのは良しとしても、それが越え過ぎてしまっては、表現するエリアが狭くなり、個性的な作品が生まれる余地をどんどん奪っていきます。

 越え過ぎていると感じるのは、長年染み付いた「こう撮ったかこういうトーンになるな」といったイメージと全く直結しないからだと思います。
 確かに綺麗なんだけど、「すげえ!撮れてるじゃん!」の前に「え?なんで?そんな馬鹿な?俺そんなに上手く撮れないよ?」って思ってしまうからなんでしょうね。


※お約束のデジタル現場監督は夕方頃にアップ予定です。